全国王者を知る組!Nリーグ 男子団体
第四試合場のNリーグには、全国の決勝の舞台を知る2校が同居した。1981年のインターハイ男子団体準優勝で、2026年の四国大会団体を制した新田(愛媛)。1995年の玉竜旗高校剣道大会で男子優勝、1993年のインターハイでは3位に入った三養基(佐賀)。そこに1914年創立の県立工業校・和歌山工業(和歌山)が加わる。3校総当たりで各校2試合、決勝トーナメントに進めるのは1校のみ。リーグ初戦は和歌山工業と新田で、三養基は2試合目から登場する。
この組の3校
- 和歌山工業和歌山県男子団体
- 新田愛媛県男子団体男子個人男子個人: 馬木 洸虎選手(3年)
- 三養基佐賀県男子団体女子団体男子個人女子個人男子個人: 最所 溜偉選手(3年) / 女子個人: 片地 枇愛選手(3年)
突破した1校は決勝トーナメント1回戦でMリーグの勝者(星槎(香川)、愛産大三河(愛知)、西京(山口))と対戦します。
みどころ
3校総当たり・突破は1校
予選リーグは3校による総当たりで、各校が2試合を戦う。団体戦は先鋒・次鋒・中堅・副将・大将の5人制で、勝者数、並んだ場合は取得本数で優劣を決する。前回大会の公式速報でも「3(6)-1(2)」のように勝者数と本数が併記された。決勝トーナメントに進めるのは各リーグ1校だけ。Nリーグはリーグ初戦が和歌山工業対新田で、三養基は2試合目から登場する。突破した1校は決勝トーナメント1回戦でMリーグの勝者と対戦する。
全国の頂点に届いた2校が同じ組に
このリーグの重さは、3校のうち2校が全国大会の決勝の舞台を経験していることにある。新田(愛媛)は1981年の全国高等学校総合体育大会剣道競技で男子団体準優勝。決勝の相手はPL学園だった。三養基(佐賀)は1995年の玉竜旗高等学校剣道大会で男子優勝を果たし、2007年には3位、インターハイでも1993年に男子団体3位に入っている。玉竜旗はインターハイ・魁星旗・全国選抜と並ぶ高校剣道四大大会の一つ。全国制覇と全国準優勝を知る2校が、初日の総当たりで潰し合う。
この夏の四国王者・新田
松山市の私立・新田高等学校は、2026年6月の四国高等学校剣道選手権大会(男子第72回)で男子団体優勝を飾った。準優勝は今治精華、3位は済美と城北で、愛媛勢が上位を占めた大会を制しての奈良入りである。1938年に新田中学として設立認可、1939年開校の学校で、1986年度から男女共学。校訓は「至誠、明朗、敬愛、剛健」。男子個人には馬木洸虎選手(3年・三段)が出場する。公開資料のOCRでは別の姓に誤読された例があるが、愛媛県高体連の公式表記は「馬木」である。
全4区分に出る佐賀の名門・三養基
三養基郡みやき町の県立・三養基高等学校は、1919年に佐賀県立佐賀中学校の分校として設立され、翌1920年に独立した伝統校。全日制普通科のみの1学年200名(5学級)という規模で、校訓は「質実剛健」「文武心三道一如」「念ずれば花開く」の三つを掲げる。剣道部は今大会、男子団体・女子団体・男子個人・女子個人という全4区分に佐賀県代表として出場する。男子個人は最所溜偉(さいしょ るい)選手、女子個人は片地枇愛選手。Let's Kendoは春夏連続出場、九州大会個人三位の選手を擁すると伝えている。
同じ校訓を掲げる2校——「質実剛健」
偶然だが、このリーグには「質実剛健」を校訓に掲げる学校が2つある。和歌山県立和歌山工業高等学校と、佐賀県立三養基高等学校である。和歌山工業は1914年に和歌山県立工業学校として開校し、1948年の学制改革と統合を経て1953年に現校名となった和歌山市西浜の県立工業校。機械科・電気科・化学技術科・建築科・土木科・産業デザイン科・創造技術科を置く。ラグビー部が全国大会20回以上出場、野球部が甲子園7度出場と、運動部の伝統が厚い学校でもある。
四国対決の伏線
Nリーグを突破した1校は、決勝トーナメント1回戦でMリーグの勝者と対戦する。そのMリーグにいるのが香川県代表の星槎(星槎国際高等学校高松学習センター)。前回2025年広島インターハイの男子団体ベスト8校である。新田と星槎はともに四国の代表で、2026年6月の四国高等学校剣道選手権大会では新田が団体を、星槎の松村太樹選手が個人を制した。両校がそれぞれのリーグを勝ち抜けば、四国の夏の続きが奈良の決勝トーナメント1回戦で見られることになる。
実況中継「全国王者を知る組!Nリーグ 男子団体」
剣持 翔
堂島 厳
剣持 翔
堂島 厳
剣持 翔
堂島 厳
剣持 翔
堂島 厳
剣持 翔
堂島 厳
剣持 翔
堂島 厳
剣持 翔
堂島 厳
剣持 翔
堂島 厳
剣持 翔
堂島 厳
剣持 翔
剣持 翔
剣持 翔
堂島 厳
剣持 翔
咲間 ひかり
咲間 ひかり
咲間 ひかり
咲間 ひかり
堂島 厳
剣持 翔
出場校・選手へのエール
新田、三養基、和歌山工業——Nリーグの三校に。至誠・明朗を胸に四国から来た新田と馬木洸虎選手。全四区分に佐賀の名を背負い、最所溜偉選手・片地枇愛選手が立つ三養基。1914年からの歴史と質実剛健を受け継ぐ和歌山工業。全国の決勝を知る学校も、これから知る学校も、初日の総当たりでは同じ一本を追います。二校が姿を消す組ですが、県を勝ち抜いて奈良の床に立つことは、それだけで長い年月への答えです。結果ではなく、ここまで積み上げてきたものを出しきることに全部を懸けてください。
名前の出ていない選手・部員へ
新田で至誠・明朗・敬愛・剛健を胸に稽古を重ねながら五人に届かなかった部員、三養基で全四区分に挑む仲間の稽古相手を務めた同期、和歌山工業の質実剛健を受け継ぎ実習のあとに道場へ通った部員たち。県予選を勝ち抜いた力は、代表の五人だけで積んだものではありません。打たせ、支え、記録し、送り出した人がいて、三校は奈良の床に立てます。三年間ともに竹刀を交えてきた同期の存在も、決して小さくありません。名前の出ないその全員に、この夏の拍手を送ります。
学校概要
和歌山工業
- 正式名称
- 和歌山県立和歌山工業高等学校
- 読み
- わかやまこうぎょう
- 設置区分
- 和歌山県立(公立)
- 所在地
- 和歌山県和歌山市西浜三丁目6番1号
- 沿革
- 1914年に和歌山県立工業学校として開校。1948年の学制改革と両校統合を経て和歌山県立光風工業高等学校と改称し、1953年に現在の和歌山県立和歌山工業高等学校となった。2007年に定時制課程が再設置された。
- 校訓・理念
- 校訓は「質実剛健」
- 学科
- 全日制は機械科・電気科・化学技術科・建築科・土木科・産業デザイン科・創造技術科。定時制は機械電気科・建築科(夜間)
- 剣道部
- 令和8年度の和歌山県予選を勝ち抜き男子団体でインターハイ出場。Let's Kendoは春(全国選抜)と夏(インターハイ)の連続出場と伝えている。学校としてはラグビー部が全国大会20回以上出場、野球部が甲子園7度出場と運動部の伝統が厚い。剣道部の全国大会実績を記した学校公式ページは確認できなかった。
- 備考
- 和歌山市立和歌山高等学校(市和歌山)とは別の学校
新田
- 正式名称
- 新田高等学校
- 読み
- にった
- 設置区分
- 私立(学校法人新田学園)
- 所在地
- 愛媛県松山市山西町663番地
- 沿革
- 1938年6月18日に財団法人新興育英会の設立および新田中学の設置が認可され、1939年4月に開校。1948年に新制高等学校として認可、1958年に工業科を新設した。もとは男子校だったが1986年度から男女共学。2009年にスーパー特別進学コースを設置。
- 校訓・理念
- 校訓は「至誠、明朗、敬愛、剛健」
- 学科
- 普通科(スーパー特別進学・特別進学・総合進学選抜・総合進学の各コース)、工業科(工業技術科)
- 剣道部
- 1981年の全国高等学校総合体育大会剣道競技で男子団体準優勝(優勝はPL学園)。2026年6月の四国高等学校剣道選手権大会(男子第72回)団体の部で優勝。令和8年度の愛媛県予選を勝ち抜き、男子団体・男子個人でインターハイ出場。男子個人は馬木洸虎選手(3年・三段)。
- 備考
- 「にった」と読み、「しんでん」ではない。公開資料のOCRで馬木選手の姓が誤読されている例があるが、愛媛県高体連の公式表記は「馬木 洸虎」
三養基
- 正式名称
- 佐賀県立三養基高等学校
- 読み
- みやき
- 設置区分
- 佐賀県立(公立)
- 所在地
- 佐賀県三養基郡みやき町原古賀300
- 沿革
- 1919年に佐賀県立佐賀中学校の分校として設立され、翌1920年に独立。1948年の学制改革により現在の新制高等学校となった。
- 校訓・理念
- 校訓は「質実剛健」「文武心三道一如」「念ずれば花開く」
- 学科
- 全日制課程 普通科のみ(1学年200名・5学級)
- 剣道部
- 1995年の玉竜旗高等学校剣道大会で男子優勝、2007年に3位。全国高等学校総合体育大会剣道競技では1993年に男子団体3位。今大会は男子団体・女子団体・男子個人・女子個人の全4区分に佐賀県代表として出場する。Let's Kendoは春夏連続出場で九州大会個人三位の選手を擁すると伝えている。男子個人は最所溜偉(さいしょ るい)選手、女子個人は片地枇愛選手。
- 備考
- 校名は「みやき」。所在地の三養基郡みやき町は町名がひらがな表記
・全国高校総体剣道大会 公式サイト(大会速報) ↗
・Let's Kendo 【組合せ】8/2〜5 第73回全国高校剣道大会・奈良インターハイ2026 ↗
・Wikipedia 全国高等学校剣道大会(インターハイ 歴代成績) ↗
・Wikipedia 玉竜旗高校剣道大会 ↗
・Wikipedia 和歌山県立和歌山工業高等学校 ↗
・Wikipedia 新田高等学校 ↗
・新田高等学校 学校案内・沿革 ↗
・Wikipedia 佐賀県立三養基高等学校 ↗
・香川県剣道連盟 四国高等学校剣道選手権大会(団体の部)結果 ↗
・かちスポ(佐賀新聞) 剣道 佐賀県大会記事 ↗
・Notion 出場校ライブラリ 和歌山工業高校剣道部の歴史と活躍まとめ ↗
・Notion 出場校ライブラリ 新田高校剣道部の歴史と活躍まとめ ↗
・Notion 出場校ライブラリ 三養基高校剣道部の歴史と活躍まとめ ↗
・第72回全国高等学校剣道大会(2025広島) 大会速報 ↗
どの事実がどの出典によるか
- リーグ編成(和歌山工業・新田・三養基)、第四試合場、各校の個人戦出場者、決勝トーナメントでのN対Mの対戦は data/2026/league_briefs.json および data/2026/kumiawase.json(公式PDF由来)
- 『佐賀から春夏連続出場を決めた三養基は九州大会個人三位の選手が揃う』『四国大会優勝の新田』『和歌山工業も春夏出場』『リーグ初戦は和歌山工業と新田』は Let's Kendo の奈良インターハイ組合せ記事のみどころ欄
- 各校の校名の読み・出場区分・最所選手の読み(さいしょ るい)は Notion『2026インターハイ 剣道 出場校ライブラリ』の校別ページおよびかちスポ(佐賀新聞)
- 新田の1981年インターハイ男子団体準優勝(優勝はPL学園)、三養基の1993年インターハイ男子団体3位は Wikipedia『全国高等学校剣道大会』の歴代成績表
- 三養基の1995年玉竜旗男子優勝・2007年3位、および玉竜旗が高校剣道四大大会の一つであることは Wikipedia『玉竜旗高校剣道大会』
- 新田の2026年四国高等学校剣道選手権大会団体優勝(準優勝 今治精華、3位 済美・城北)は香川県剣道連盟の公式結果ページ
- 新田の創立沿革・学科・校訓「至誠、明朗、敬愛、剛健」は Wikipedia および同校公式サイトの沿革ページ
- 三養基の創立沿革・学科・三つの校訓・所在地は Wikipedia
- 和歌山工業の1914年開校・沿革・学科・校訓「質実剛健」・ラグビー部と野球部の全国出場歴は Wikipedia
- 団体戦の5人制および勝者数(本数)による判定は、2025年広島大会の公式速報サイトのスコア表記(例: 3(6)-1(2))に基づく
- 選手名の読みは最所選手を除き未確認のため、ふりがなは付していない
- ※大会前のため、試合の攻防・勝敗・順位は一切記述していない。組合せから読み取れる事実と既報の実績のみ
- ※『四国対決』は新田と星槎がそれぞれのリーグを突破した場合に成立する可能性の話であり、対戦が確定したものではない
- ※和歌山工業は剣道部の全国大会実績を記した公式ページを確認できず、確認できた事実のみを記載している
※実況・解説の掛け合いは、上記の事実に基づいて構成したAI演出コンテンツです。大会前のため試合の攻防・勝敗は一切描写していません。読み・表記に誤りがあればご容赦ください。